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2009/10/21 私を強くしてくださる方によってどんなことでもできる私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。
(ピリピ 4:13) 神様は私たちに力を与えてくださり、私たちを強めてくださるお方です。
イエス・キリストは、十字架に架かって死なれただけではなく、 三日目によみがえられました。 そして、聖霊として宿ってくださり、今も私たちとともにいて 助けて下さるお方です。 ピリピの人たちにこのような励ましの手紙を送ったパウロは、
かつてはサウロという名前でした。 キリストの弟子たちを迫害し続けていた彼は、ある日、 よみがえられたイエス・キリストに出会いました。 天からの光が照らされ、彼は地に倒れました。 そして、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか。」という声を聞いたのです。 サウロの目は見えなくなり、アナニヤによって目が開かれる中で、 彼は、イエス・キリストの福音を伝える伝道者となったのです。 迫害する人から、今度は迫害される人になったのです。 ありとあらゆる人たちにイエス・キリストを宣べ伝える中で、 牢に入れられたり、ムチを打たれたりすることもありました。 私たちも、福音を伝える時に、家族や回りの人たちに迫害される時もあるでしょう。
しかし、そこで屈するのではなく、イエス・キリストを見上げて、 救いの奇跡を信じる者とならせていただくのです。 神様が、どんな状況の中でも満たして下さるのです。 まずは、今あるものをすべて感謝していくのです。
感謝したら感謝した分だけ、神様は恵みの扉を開いて下さるのです。 だから、どんなことでも感謝していくのです。 アメリカ・カリフォルニアにある教会のある牧師先生は、
韓国に伝道集会に出かけている時に、突然電話がありました。 それは、娘さんが病院に運ばれたという内容のものでした。 帰国して娘に会うと、彼女は一方の足が切断されていました。 牧師である父が泣き崩れていると、娘は 「私は、一方の足が切断されたけど、もう一方の足が残っているから、 そのことを感謝しましょう。」と言ったのです。 その時先生は立ち直ったのです。 ピリピ4:11で「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。」と
パウロが語られたように、どんな中にあっても、祝福のカギを握る事ができ、 神様の力をもらうことができるのです。 信仰とは、あきらめないことです。 あきらめないことは、大きな力につながっていくのです。 希望がない時、真っ暗に見える時こそ、神様に拠り頼んでいくのです。 よみがえりのイエス・キリストがともに働いて下さるので、 あきらめないで祈り続けていくのです。 引用通告引用此项的网络日志
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