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26/05/2006

わたしは世の光です   ヨハネ8:12

わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を
歩むことがなく、いのちの光を持つのです。
 
 
近眼の人が初めて眼鏡を掛けた時、この目がはっきり見えたことに感動を覚えるでしょう。
肉の目が見えただけでもこれだけ感動するのに、心の目がはっきりと見えた時は
どれほど感動することでしょう。
クリスチャンになっても、私たちの心の目が閉ざされてしまうと、
イエス様が見えなくなってしまうのです。
しかし聖書を学ぶ時、私たちは、イエス様についてはっきりと知ることができます。
 
私たちの人生にも失望するような出来事が起こってきます。
その中で、さまざまな挑戦や戦いがあります。
しかし、約束のものを手に入れるために必要なものは「忍耐」なのです。
今の時代は、その「忍耐」が欠けているように思えるのです。
そして人格がどんどん落ちているように思えるのです。
 
イエス様を信じたらすべての罪が赦され、永遠の命が与えられます。
でも、イエス様を信じたら良い生活ができ、良い出会いが与えられるという、
自分の期待が叶うようになるというのは間違いなのです。
約束のものを与えられるのに必要なのは、忍耐なのです。
わたしたちも御言葉の中から、しっかりとしたイエス様に対する知識を持ち、
それから正しい期待を持っていきましょう。
イエス様を召使のように扱うのではなく、むしろ逆で、
イエス様のために私たちの存在があるのです。
イエス様を信じて、イエス様に期待して歩むのならば、
決して失望の中を歩むことはないのです。
 
人生の中で、イエス様が見えなくなってしまうような出来事に遭遇することも
あるでしょう。しかし、イエス様はそのような時でもあなたとともにおり、
決してあなたを見捨てることはないのです。
 
 
大切なのは、私たちの心の目を開き、光であるイエス様を迎えることです。
 
13/05/2006

恵みの神   エペソ2:1-10

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。
それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
 
 
クリスチャンは、自分自身の頑張りや努力や修行によって成長するのではなく、
神様からの恵みによって成長するのです。
私たちにもたらされているのは、イエス・キリストの恵みによって
生かされているということです。
そして、この恵みから落ちてはいけないと聖書は言っています。
 
私たちは、生まれながらに神の御怒りが降る宿命、運命であったと
聖書は言っています。
そもそも人間には、そのような罪の性質が最初から宿っているのです。
神様の御心を悲しませること、これこそが罪なのです。
 
しかしイエス・キリストを信じる信仰によって、その罪から解放され、
神様からの恵みを頂くことができるのです。
クリスチャン生活は、頑張ってやっていくものではなく、
恵みによって開かれるものなのです。
現実が見えても、毎日の生活の中で弱さが見えても、
恵みを与えて下さる主から目を離さないことが大切なのです。
 
自分が何かやった・・・のではなく、神様が選んで下さったのです。
恵みは、何か自分が頑張ったからもらったのではなく、一方的なものです。
幼子のように恵みの上に立って生活していくのです。
 
私たちは神の作品です。私たちが恵みにとどまるなら、どこまでも
恵みの中にい続けることができるのです。
そして神様は、私たちによい行いをも与えて下さるお方です。
毎日毎日主に目を向け、主から恵みをいただくものとならせて頂きましょう。
そしてその恵みを自分だけではなく、多くの人々に分け与える者と
ならせて頂きましょう。
06/05/2006

イエス様につながる   ヨハネ14:6

「私が道であり、真理であり、いのちなのです。私を通してでなければ、
だれひとり父のみもとに来ることはありません。」

いのちというものは、自分でつくり出したり、開発したりするものではなく、
神様が握っておられるものです。
だから、神様にイエス様にしっかりとつながることが大切なのです。

イエス・キリストにつながらない限り、私たちは、永遠のいのちにつながるということは
ないのです。
イエス様は、「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。」と語られました。
枝だけでは、実を結ぶことはできません。
ぶどうの木(主)につながらなければ、実を結ぶことはできないし、
いのちが宿ることはないのです。


わたしが道であり、真理であり、いのちであると主は語っています。
主につながっていないと、感謝を失い、喜びを失い、信仰生活は
どんどん衰退してしまいます。

聖書の御言葉は、いのちのことば、そしていのちの恵みなのです。
この「いのちのことば」に触れる、聖書の御言葉に触れていくことが大切なのです。
 
日々の生活の中で、心を騒がせる色々な出来事があるでしょう。
その時に、私たちはどうすればよいのでしょうか。

私たちはいつでも、道であり、真理であり、いのちである主に、
そしてイエス様につながっていくのです。
御言葉を通して、普段の生活の中においても、主は様々なことを教えて下さり、
助けを与えて下さるのです。

プログラムにつながる、集会につながる・・・。これももちろん大切ですが、
まずは、イエス・キリストにつながること、イエス様の「いのち」に触れていること、
これが大切なのです。

喜びや感謝がなかったら、それは「いのち」ではないのです。

今週も主につながり、感謝と喜びの中を歩む者とならせて頂きましょう。