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28/04/2007

塩が塩けをなくしたら  ルカ14:34-35

 
 
もしその塩が塩けをなくしたら、何によってそれに味をつけるのでしょうか。
土地にも肥やしにも役立たず、外に投げ捨てられてしまいます。
聞く耳のある人は聞きなさい。
 
 
塩は、私たちにとって大切なものです。
主な役割として、①味付けをすること、②消毒やきよめをすること、③渇きを与えること、
の3つが挙げられます。
クリスチャンは地の塩であると聖書は教えていますが、
このことを、役割の点から具体的に見ていきましょう。
 
まず一つ目の「味付け」という点についてですが、
私たちは、神様の栄光をあらわすために、塩味のきいたことば(コロサイ4:6)を
用いていく必要があるのです。
この世には、酒や薬物、ギャンブルなどの様々な刺激がありますが、
これらの刺激は一時的なものです。
私たちは、そのような刺激に翻弄されるのではなく、
イエス様の奇跡という本当の刺激と興奮にあふれる者とならせて頂くのです。
 
二つ目の「消毒・きよめ」という点についてですが、
今の時代はコンビニやインターネットなどで、
子供でも簡単に汚れたことや情報が手に入ってしまいます。
私たちクリスチャンの存在が、人々や周りが腐っていくのを、
汚れていくのを防止していく役割をしていったのなら、なんと素晴らしいことでしょう。
そのことによって、教会の存在が、地域の祝福につながっていくのです。
 
三つ目の「渇き」という点について、塩を摂れば水がほしくなります。
つまり、渇きます。
クリスチャンの働きは、人々に、まことの神に対する飢え渇きを与えることなのです。
 
 
この世の刺激に心を奪われて、塩けをなくしている人は、いらっしゃらないでしょうか。
もし、私たちが主に対する忠実さを失い、塩けを失ったら、
この世においても役立たずとなってしまうのです。
マタイ5:13には、人々に踏みつけられてしまうと書かれています。
きよい言葉、信仰、行いをもって、主に立ち向かい、
主の栄光をあらわす者とならせて頂きましょう。
 
21/04/2007

平安があなたがたにあるように ヨハネ20:19-23

 
 
平安があなたがたにあるように。
父が私を遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。
 
 
今、皆さんの心は平安でしょうか。
私たちは、様々な生活の中で、恐れや不安を抱いてしまう者ではないでしょうか。
ここの箇所でも、弟子たちは「イエス様がいなくなってしまった」という
大変な状況でした。
しかし、イエス様はその中においても、「平安があなたがたにあるように」
と励まして下さったのです。
 
神様が与える平安は、この世が与える平安とは違うのです(ヨハネ14:27)。
この世の平安は、一時的なものです。
しかし、神様が与える平安は、いつまでもなくならない、消えない平安なのです。
この平安を、私たちは求めていくのです。
 
また、22節で「聖霊を受けなさい」と語られていますが、
これは言い換えれば「内住のキリスト」、つまり、イエス様が共にいて下さる、
内に宿って下さる恵みにあずかりなさいということです。
私たちは、一人で歩むのではなく、この聖霊の力を受けて
歩んでいくことができるので、平安が与えられるのです。
 
トマスは、不信仰そのものでした。
彼は、イエス様の奇跡をたくさん見たのにも関わらず、
このイエス様がよみがえられた時、「見なければ信じない」と言ってしまったのです。
しかし、このようなトマスにもイエス様は現れて下さり、
「平安があるように」と語られました。
 
トマスは、この後、不信仰を赦して下さいと悔い改めました。
私たちの生活の中でも、不信仰な歩み、神様を無視して
自分で歩んでしまうことはないでしょうか。
もしそうであるなら、トマスと同じように、悔い改めていきましょう。
 
 
わたしを信じなさい…イエス様は今日も、そう語っておられます。
13/04/2007

よみがえられたイエス様     ルカ24:1-12

 
 
あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。
ここにはおられません。よみがえられたのです。
 
 
イエス様は十字架につけられて、三日目によみがえられました。
女たちが朝早く、香料を持って墓に行くと、
墓にあった石は取り除けられ、イエス様の体はそこにはなくて、
「ここにはおられません。よみがえられたのです。」と語られたのです。
 
イエス様のよみがえりは、私たちの人生に大きな希望を与えて下さいました。
まことの神様を信じることができる恵みは、どんなに素晴らしいことでしょう。
イエス様は、生きておられるのです。そして、永遠のいのちを私たちに与えて下さるのです。
 
よみがえりのイエス様は、生きる希望を与えて下さいます。
たとえ病気の中でも、試練や失意など様々な悪く見える状況の中でも、
私たちは、よみがえりの主とともに、復活の道を歩むことができるのです。
イザヤ書40章31節にあるように、新しい力を頂き、わしのように羽ばたき、
走ってもたゆまず、歩いても疲れない歩みをすることができるのです。
 
また、よみがえりのイエス様は、死の解決の希望を与えて下さり、
そして永遠のいのちの希望を与えて下さいます。
人間は、死で終わりではない。
その後、神のもとに行くことができる、天国に入ることができる恵みがあるのです。
 
よみがえりのイエス様の話を、女たちから聞いた使徒たちは、
この話をたわごとと思ったとありますが(11節)、
私たちはそういう者にならないで、御言葉を信じ、永遠のいのちを確信し、
賛美し、感謝する者とならせて頂きましょう。
 
 
主は今も生きていて、永遠のいのちを与えて下さるのですから。
 
06/04/2007

用いてください     マタイ21:1-11

 
 
もしだれかが何か言ったら、「主がお入り用なのです。」と
言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。
 
 
この所で、主は、ろばの子を用意して下さいました。
エルサレムに行かれるためにイエス様が乗られたろばの子を、
主が用意して下さったのです。
ろばは、平和の象徴です。
イエス様は、戦いのためではなく、平和のために来られたのです。
戦いの連続だった人類の歴史の中で、神の平安があるようにと、
イエス様は来られました。
 
イエス様は、私たちを愛し、いのちをかけて、
贖い(あがない)を完成して下さったお方です。
イエス様こそ、私たちの誇りです。
このイエス様を、いつも宣べ伝えさせて頂きましょう。
 
これから、私の人生や、様々なビジョンは、どうなるのだろうか
と思う方はいらっしゃらないでしょうか。
今は色々なことが見えてない状況であっても、その中で主を喜び、
神の栄光のために私の人生をお使い下さいと奉げるのであれば、
主が道を開いて下さいます。
 
ヨハネ15:16には、「あなたがたがわたしを選んだのではありません。
わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」とあります。
神が、私たちを選んで下さったのです。
タラントを隠すようなことをしないで、「神様、用いてください。」と言うのであれば、
神様は必ず私たちを用いて下さり、私たちを開いて下さいます。
 
イエス様を信じて歩むということは、
宗教を変えることではなく、人生を変えることなのです。
神様の栄光が与えられ、人生が大いに祝福されるのです。
 
8節のところで、大勢の群集が道に上着を敷いたのは、献身の現れです。
私たちもイエス様にささげ、「主よ、用いてください」と叫び求める中で、
主からの大いなる祝福を頂く者とならせてもらいましょう。