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16/02/2007 求める者が、恵みをもらえる ローマ6:14なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、
恵みの下にあるからです。 日本人の姿の中に、「遠慮」「奥ゆかしさ」というものがよく見られます。
真面目な国民である一方、積極的な姿勢は少なく、
「真面目にコツコツやっていれば、何かよいことがあるだろう。」と考える傾向が強いのです。
この傾向は、クリスチャンになっても変わらず、
「真面目にやっていれば、イエス様が見ていて、恵みを与えてくれる。」と考えている
日本人クリスチャンも結構いるのです。
しかし、聖書はそうは教えていません。
聖書には「(恵みは)求める者が与えられる」と書いてあるのです。
「真面目に頑張っていれば…」ではないのです。
欲しくでも(大体3回くらいは)遠慮する…これが多くの日本人の姿のようです。
欲しいものは素直に「欲しい」というアメリカや韓国の人々や、
更に積極的に「これ欲しいから下さい」というブラジル人とは随分違いがあります。
これは伝道においても当てはまり、日本人の場合、心の中でイエス様の必要を感じていても、
断ってしまうことがあるのです。
なので、一度伝道して断られてしまっても、それでやめてしまったら、それこそ勿体無いのです。
遠慮深い日本人に対しては、大体5回は勧めてみてもよいでしょう。
恵みとは何でしょうか。何もしないのに貰うのが「恵み」です。
働いて貰うのは「報酬」です。
イエス様とともに歩む人生には、いつも喜びがあり、素晴らしいものがあふれています。
このイエス様と一緒に生活を、そして伝道をさせて頂くのです。
祝福は「貰うもの」です。これを頂くためには、信仰の応答をさせて頂くことです。
御言葉を聞いて、それを行う者とならせて頂くのです。
そして、「聖書の考えが私の考え」という所にいつも立たせて頂き、
積極的に恵みを頂く者とならせていただきましょう。
09/02/2007 神様が選んで下さった ヨハネ15:16あなたがたがわたしを選んだのではありません。
わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。 (ヨハネの福音書 15章16節)
私たちの人生の中では、どこの学校に行こうか、どんな仕事に就こうかなど、
自分で選んで決めることが沢山あるでしょう。
しかし、救いそのものは、私たちが選んだのではなく、
この御言葉にあるように、神様が私たちを選んで下さったのだと
聖書は教えています。
私たちは、自分の好き勝手な生活をするのではなく、
イエス様につながって、イエス様の道を歩んでいくのだと教えています。
聖書を見ると、神様の"選び"がたくさん書かれています。
例えばアブラハムは、「わたしの示す地に行きなさい。」という神様の声に聞き従い、
色々な訓練を受ける中で神様の祝福を頂いたモデルとなっています。
アブラハムは、自分の行く所を知らないで行き、その中で様々な奇跡を見てきました。
またダビデは、8人兄弟の末息子で、羊飼いの仕事をしていましたが、 私たちが先にクリスチャンとなり選ばれたのには、 今日の働きは、一つ一つの働きは、 神様は、信じて動く人とともに働いて下さいます。 02/02/2007 まことのキリスト者 ローマ2:28-29外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、
外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。
かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、
文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。
その誉れは、人からではなく、神から来るものです。
ユダヤ人…それは神に選ばれ、選別された民です。
異邦人とは違うのです。悪人や罪人とは違うのです。
人前でも、人の目に映る姿・態度は、まさしく神の民なのです。
しかし、聖書では、外見や律法の行いや、聖く見せつける生活が、
神に喜ばれ受け入れられるものではないことを教えています。
かえって人目に隠れた所、つまり、心の奥底で神に信頼し、
ありのままの姿や状態で主の御前に出る、
また、ありのままの姿で人前に出る人こそ、
まことのクリスチャンであるというのです。
ここでは、「外見上のユダヤ人」という言葉が出てきますが、
それはどのようなことでしょうか。
人の関心を得ようと外見を飾るようにしていくこと…。
心の中に様々な弱さや足りなさや醜さや汚れがあるのにも関わらず、
あたかも霊的に恵まれて、何も問題がないかのように振舞うこと…。
不安で心が支配されているのにも関わらず、ありのまま主の前に出ずに、
あたかも平安であるかのように振舞うこと…。
これらはみな、「外見上のユダヤ人」のような行動なのです。
他人の関心の上に信仰生活を加えるのではなく、
神様の心を心として、喜んで従う人こそ、恵みを頂くことができるのです。
2月に入りました。更に主との交わりを通して、主の業が進められます様、
しっかり祈りの祭壇を築いて、人々の救い、リバイバルを見させて頂きましょう。
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